樹木年輪年代学の研究者が、その研究の方法や、結果からわかることを紹介した一般書だ。
樹木は、なんらかの成長阻害をうけると、それを年輪に書き残す。樹齢や伐採時期の異なる木の年輪を集め、つなげれば、過去にさかのぼったデータベースがつくれる。炭素同位体年代法などに比べれば期間は短めだが、その年輪ができた年を1年単位で特定できることが特徴だ。これを他の史料とあわせれば、気候などの変動が人間社会にどう影響したのかが読み解ける。
たとえば年輪の幅から、過去の干ばつや大雨がわかる。モンゴル帝国は、どうも湿潤な時期に領土を拡大したらしい。兵力の要である馬の飼料が手に入る時期だった。その直前の時期は、逆に乾燥していた。従来の社会が動揺し、チンギス ハーンというリーダーが台頭するきっかけをつくったのかもしれない(ただし著者は、単純な因果関係で説明することの危うさも指摘している)。
樹木成長を抑制するのは乾湿・寒暖だけではない。ハリケーンが枝を折ってしまうのも、樹木にとってはストレスである。カリブ海の島で年輪を調べれば、ある年にどのくらいハリケーンが通過したかがわかる。ハリケーンが頻発したと推測される年には、沈没船の記録が多くなり、また海が穏やかな時期には有名な海賊たちが現れているというのは面白い。
山火事は、樹木に直接的な跡を残す。アメリカ先住民が野焼きをして土地利用していた時代には、山火事は発生しても(下層植生が少ないので)大きくはならなかったが、宣教師たちが欧州の伝染病を持ち込むと、人口が減少して火入れがなされなくなり、山火事がひどくなることがわかる。
樹木が枯死・伐採された年がわかるのも重要だ。アメリカ西海岸で1700年に枯死した木は、おそらく地震によるもの(だんだん弱ったのではなく、成長を突然やめている)だが、この時代の地震の文字記録がないのでわからない。ところが、太平洋をはさんだ日本に、同年に地震のない津波の記録があって、両者はよく適合する。こうしたことがわかった瞬間の、研究者の興奮が伝わってくる。
年輪データを集める範囲を広げれば、より広い範囲での過去の気象を明らかにできるかもしれない。バルカン半島の年輪からわかる夏の寒暖は、イギリスの気候と逆の相関をしめす。これで、ある年ジェット気流がどのくらい蛇行していたのかを推定できるのだ。そのことから、近年のジェット気流の動きが、自然の変動の域を超えてしまっている(人為的な影響によるものである)ことが明らかになる。
このように年輪年代学は、過去を探るだけでなく、現在がどのくらい逸脱しているかを明確にする。研究者たちが激しいバッシングにさらされたこともあった。20世紀の気温上昇が、過去1000年間の中でも異常である(人為起源である)ことを明らかにしたのは、年輪年代学者と気候学者だったが、その主張は気候変動を無視したい人々から強い攻撃を受けた。この優れた研究者たちは、論文執筆後の20年間を、この反論に費やさねばならなかったという。
近年の気温が急上昇しているグラフは、その形から「(アイス)ホッケースティック」と呼ばれている。これは先日のIPCC第6次評価報告書で、もはや疑う余地のないものとして再び強調された。
本書の著者の、年輪が示す過去の気候と、歴史的イベントとの関係づけの仕方は、やや単純な感じがする。このあたりは、以前紹介した『
気候変動から読み直す日本史』(臨川書店、2020~2021年)シリーズのほうが、短期間の気候変動と、中期間の変動とを区別して論じていると思う。
なお、過去の気候を復元する方法は、年輪年代法だけではない。様々な方法がどのように開発されてきたのかは、横山祐典『地球46億年 気候大変動:炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来』(講談社〔講談社ブルーバックス〕、2018年)が面白い。