森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
気候変動から読みなおす日本史(全6巻)
中塚武監修
臨川書店
2020
 「気候変動から読みなおす日本史」は全6巻になるシリーズで、2020年10月に刊行が始まった。来年2月に全巻が出揃うそうである。上記の3・4巻は、第1配本分である。〔この記事は第1配本時点のもの〕
 これのどのへんが森林・環境共生学と関係あるかといえば、過去の気候変動をとらえるためのデータが、樹木の年輪から得られたものなのである。巻のなかには、森林・環境共生学コースの安江恒さんが書いた部分もある。

 よく知られるように、これまでにも自然な気候変動というものはあった。縄文時代の暖かかった時代には、海面が上昇した(縄文海進)。これは貝塚が、現在は内陸になっている土地から出てくることからわかる。逆に寒い時期もあった。たとえば温暖だった10~11世紀が終わると気候が寒冷になり、そのことが貴族中心の社会を終わらせて、武家社会へと移り変わるきっかけになったといわれている。
 ところがこれまで、こうした過去の気候の変化はおおまかにしか分かっていなかった。だから、歴史文書で「飢饉が発生した」などと書かれている年が、本当に悪天候だったのか確かめることができなかった。
 これが、樹木の年輪を用いることで、なんと1年単位で(夏の)気温と降水量がわかるようになったのである。たとえば清少納言が『枕草子』を書いていた数年間は、例年よりやや雨が多く、気温はやや下がる傾向にあったが、だいたい安定していたようだ。源平合戦のころは、夏は涼しかったはずである。
 夏の気温の寒暖によって、年輪幅が変化することは(詳しいメカニズムはさておき、なんとなく)わかるだろう。では降水量はどうか。湿潤な日本では樹木が成長しないほどの渇水になることはあまりない。だから年輪の幅からは降水量はわからない。しかし、年輪からセルロースを取り出し、これの酸素同位体比を測ることで、夏の降水量がわかるというのである。
 現在の樹木の年輪セルロースの酸素同位体比の変動は、現在の夏の降水量の変動とよく相関するという。したがって、高齢樹や、山崩れなどで埋まった木(埋土木)、古い木製品からセルロースの試料を得ることができれば、当時の降水量を知ることができるのだ。
 日本では弥生時代以降、稲作が重要な社会だったから、気温に加えて、夏の渇水や長雨は社会に影響を与えたことが予測される。また、雨量が多かったということは、土砂災害もあったかもしれない。土木技術が未発達な時代には、水田を放棄したり、人々が土地から去る原因になった可能性がある。
 また逆に、ある木製品にのこされた年輪から、そのセルロース酸素同位対比を読み取ることができれば、すでに明らかになっているデータと一致するところを探して、その木が伐採されたのが何年なのかを知ることができる。従来も、炭素の同位体比で絶対年代を調べることはできたが、どうしても誤差があった。それをさらに絞り込むことができるのだ。

 この本は、年輪から古気候を探る研究者と、考古学・歴史学の研究者との共同研究の結果だ。これまでにも、気候変動に注目した歴史学者はいたが、古気候に関する理解が不十分だった(利用しているデータが古いものだった)。もちろん、古気候の研究者は歴史に詳しくない。
 共同研究は、まだ始まったばかりだといえるだろう。歴史学者が、気候変動のデータの細かさに戸惑いを感じている部分も、正直に書かれている。「紀元前xx年は冷夏で多雨だったはずだ」と言われても、それを確かめる文書や発掘結果がないから当然だ。データをどう使ったらいいのか、各分野の研究者が知恵をひねっている段階である。
 たとえば、農具の形状は、気候変動と関係があるらしい。多雨な時代には、鍬(くわ)に泥よけ板がついていた。水田を耕すと泥がはねる状況だったわけだ。乾燥した時代になると、これがなくなる。多雨な時代には、畦(あぜ)が崩れやすかったらしく、人々は畦に杭を打ち込むことで対応している。
 また、数十年単位でデータを観察すると、乾湿・寒暖が短期間のうちに激しい変化をみせる時期と、比較的安定している時期とがある。乾燥した気候でも、それが安定していれば人々は対応できる。しかし数十年くらいの範囲で変動すると、人口規模を気候に合わせることができず、困ってしまうらしい。そこでどうしたかというと、水路を設けるなどして人為的に安定化させようとする。そうした大規模な土木工事は、一つの村ではできない。この過程で、古代の権力者が力をつけたらしい。
 人も気候変動にやられっぱなしではない。12~13世紀には、気候変動によってしばしば大飢饉が発生している。ところが14世紀は、気候条件はそれ以前とたいして変化がなかったのに、大飢饉が生じていない。13世紀末から「市庭」(いちば)が発達して、食料を融通できるようになったからではないか、と歴史学者はみている。ただ、これは「天候が不順だから市場を発達させよう」と意識的に対応した結果ではなくて、この時代の市場の発達が、たまたま気候変動に有効だったとみるべきだという。気候変動→歴史的変化、と単純に考えてはいけないということだ。
 樹木の年輪を探ることで、これまで数十年単位くらいの分解能でしかわからなかった昔の気候が、1年単位の超高精度で再現できる。もしかすると、西暦何年の夏の天気図、というふうなものも描けるようになるかもしれない。学問分野をこえた協力によって、新しい研究が始まろうとしている。わくわくする。

 気候変動を調べる方法は、もちろん樹木のセルロースだけではない。
 これまで人々が、どのような工夫をして気候変動を明らかにしてきたのかについては、横山祐典『地球46億年気候大変動』(講談社〔講談社ブルーバックス〕、2018年)がわかりやすく書いている。そんな方法でわかるのか、と驚くことしきりだ。
 気候の変動によって、森林の植生もかわる。それは湖沼の底に堆積する泥をボーリング調査して、そこに含まれる花粉を調べることで明らかになる。中川毅『人類と気候の10万年史』(講談社〔講談社ブルーバックス〕、2017年)が、日本列島の事例を紹介している。とくに、なぜ狩猟採集の縄文時代(新石器時代)から、稲作を中心とした弥生時代に変化したのかを、気候変動の点から解説したところが面白い。
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© 2020 三木敦朗