森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
そば学大全:日本と世界のソバ食文化
俣野敏子
講談社〔講談社学術文庫〕、2022年
 著者は信州大学農学部の名誉教授(故人)で、これは2002年に出版された本を文庫化したものである。解説は俣野門下生のひとりである松島憲一さん。
 植物としてのソバは、計画的に収量をあげるのには、あまりむいていない作物である。自家不和合性があるので品種として安定させることが難しい。日が長いあいだ いつまでも大きくなり(無限伸育性)、花もばらばらと咲き、熟した実から地面に落ちてしまう。収穫の機械化もイネやムギのようにはいかない。でも世界中で育てられてきた。救荒作物としての適性があるからだ。ソバの性質は、裏返せば、天候不順があっても少しは収穫できるということでもある。茎がやわらかいので野菜としても食べられるという。
 そうしたソバは、世界各地の郷土料理になっている。日本では、お蕎麦(そばきり)や、そばがき、最近ではガレットとして食べる程度だが、ソバの食べ方はそれだけではない。著者はユーラシア大陸各地のソバ料理を現地で食べ、同じ名称の料理でも調理方法がばらばらであることを紹介する。民衆の生活と不可分のものだから、そうなるのだ。
 著者は、それらの中に「まずい」料理があることを隠さない。でも「これも5回食べに来ればおいしいと思うようになるかもしれないと思いながら食べるのは楽しいではないか」という(92~93ページ)。これがフィールドワークの真髄ではないか。現地で食べ続けられているのには必然性・合理性がある。一度「まずい」と思っても、そこで切り捨てず、なぜこれを食べるのか? どこが人を惹きつけるのか? と問い続ける。自分が持っている価値判断の尺度は、絶対的なものではない。
 研究者は栄養や食品機能を調べるわけだが、人々がソバ料理と接するのは、その味・食感や香りであり、そば職人はそれを追求している。研究者が知る側面だけが、ソバではない。著者の文章には研究者としての謙虚さがあらわれる。
 森林・環境共生学との関わりは何だろうか。ソバは山岳地域の焼畑作物として用いられてきた。だから縄文時代の遺跡からも検出されるのだろう。そんなソバを、林業と改めて組み合わせることはできないだろうか?
戻る
© 2022 三木敦朗