森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
森の経済学:森が森らしく、人が人らしくある経済
三俣学・齋藤暖生
日本評論社、2022年
 できれば読みたくなかった本、というものがある。この本がそれだ。
 自分の分野(林業経済学)の入口になるような本を書きたいと思っていて、実は原稿をちまちま書いていた(出版社のアテはないのだが)。そこで著したい内容が、ほとんど書かれている本が出ていたとしたらどうだろう。しかもずっと精度高く、とてもわかりやすいものが……。

 この本は、日本には森林がこんなにもあるのに、なぜ人々と森林との関わりが極端に薄いのかという根本的な問題を中心に扱っている。それは、森林が利潤追求の場となったためであった。木材生産は育成に長期間かかるし、日本の生態系のもとで一斉林を造成しようとすればコストもかさむ。関心が失われるのは、ある意味、当然のことなのかもしれない。
 ではどうすればよいのか。
 利潤追求の場になる前の森林は、入会(いりあい)林野である。これは利用できる人が地域住民に限定される「閉じたコモンズ」である。これも大切だが、新しいコモンズを創っていくこともできるのではないか。欧州では、「歩く権利」(イギリス)や「万人権」(北欧諸国)によって、ひろい市民が、いくらかのルールのもとで森林に親しむことができる。そっくり同じものは難しいが、似た関係性を日本でもつくれれば、人々と森林との関わりを取り戻す入口になるだろう。
 著者は日本と海外の両方の入会・コモンズ研究に詳しい。これらは独立しておこなわれてきた研究だが、概ね同じことを言ってきた。コモンズだから何でもいいわけではなく、うまくいくもの・いかないものがあり、その条件も整理されている。

 資本主義の利潤追求が生態系と矛盾することは、地球温暖化や生物多様性の問題からみても明らかである。新たなコモンズ(コモンとも呼ばれる)をつくることが破綻を避ける方法だろうというのは、経済学や哲学みたいな分野でも着目されている。
 しかし自然環境に関わるコモンズは、自然が多様なので、必然的に土地ごとにありかたが異なる。「コモンズが問題解決の鍵だ」と言うだけでは現実のものにならないのだ。一方、森林分野では入会林野や森林文化の具体的研究が長く続けられてきた。これらは「失われつつあるもの」の研究だと思われがちだったが、実は、未来を見透すための最前線の研究だったのである。
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© 2022 三木敦朗