森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
リスクを考える:「専門家まかせ」からの脱却
吉川肇子
筑摩書房〔ちくま新書〕、2022年
 この本は、リスクの感じかたや伝えかたについて、心理学の立場からわかりやすく書いたものだ。
 森林・環境共生学でも、リスクという概念は欠かせない。脱炭素社会のために木材を使うのには意味があるが、木材生産は森林の他の多面的機能をいくらか低下させる。森林を健全に保つことは重要だが、山崩れや洪水はそれでも防ぎきれない場合があるし、自然現象にはいつ発生するかわからないものもある。リスクを知り、斜面崩壊などの自然現象が生じても、それが災害にならないようにしていきたい。
 そこで「リスクコミュニケーション」というものが必要になってくるのだけど、これが往々にして次のように「理解」されている。「専門家がリスク回避策を考えてやり、科学的知識のない一般人に分かるように伝えねば」。しかし、これは古い対策方法である。そういう上から目線のやり方では、人々に安全な行動をとってもらうことはできない。また、自然災害のリスクというものは、専門家のあいだでも意見がわかれるのがふつうだ。
 人々も、次のように考える。「考えるのは面倒だし、私には知識がないから、すぐれたリーダーにまかせたい」。これは危険である。山地災害や感染症やエネルギー問題や経済問題のすべてに詳しく適切な指示が出せるリーダーなんて、いるはずがない。いるように感じられるとしたら、あなたがプロパガンダを信じてしまっているだけだ。なんでもできそうに装っているが実際はたいして有能ではない人に、自分の安全を委ねてよいものだろうか。
 ではどうするのか。地道なことだが、専門家と、リスクにさらされている人が、コミュニケーション(議論)を通じて自分たちで考え、決めていくしかない。自分たちで決めた避難計画は、記憶にも残るし、実行しやすいものだ。
 でも、人間というものは、「自分は病気には罹らないだろう」などと自分のリスクを少なめに見積もったりする。「マスクを買い占めないでください」と言われると、「誰かが買い占めているんだな、今のうちに買わないと」と逆の行動をしてしまう。専門家とリーダーだけでものごとを決めようとすると、「集団浅慮」という現象がおこって、おかしな判断をしてしまう。
 この本では、なんでそんなことが生じるのかを解説している。たとえば、リスクを直視できないのは、本当にリスクを理解できない場合もあるが、リスクの恐ろしさやとるべき行動はわかっているけれども、自分には実行できないと思っているからということもある。これは解決可能だという。専門家側は「あなたにはこのリスクを回避できる能力があるのだ」と伝えることができる。
 専門家は、どのように人々とコミュニケーションをとっていくべきか。どういう表現は避けるべきなのか。これから技術者や行政職員になろうとする人には、とても示唆的な内容だ。もちろん、様々なリスクに備えなければならない市民としても、学ぶところは多い。
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