森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
五色のメビウス:「外国人」と ともにはたらき ともにいきる
信濃毎日新聞社編
明石書店、2022年
 メディアがまっとうな報道をしているかどうかは、その「お膝元」で生じている直視したくない出来事を、どれだけ採りあげて論評しているかをみるとよい。たとえば、いま日本で、ロシア政府について厳しく報道するのは簡単である。日本政府にとって「言われたくないこと」をどれだけ報道できるかが、日本のメディアのまともさを測る指標なのである。
 長野県内のメディアにとっては、県内の直視したくない出来事をとらえるのが、いちばん難しい。『五色(いつついろ)のメビウス』は、それをやっている。この本は、信濃毎日新聞の同名の連載をもとにしたものだ。

 森林・環境共生学が扱うものの一つに、景観・ランドスケープがある。景観は、自然にそうなったものではなくて、その場所の産業や人々の文化が反映されて形づくられるものだ。信州では、高標高地の美しい農村風景が一つの特徴だろう。
 その景観を形成しているのは誰なのだろうか。農家だ。建設業者や土木業者だ。と同時に、そこで働く外国の人々の手によるものである。今日の信州の様々な産業が人手不足で、外国人労働者によって支えられている。
 農業に多い「技能実習生」制度は、制度上は、日本で技術を身につけて帰国し役立ててもらうという、技術普及の目的がある。しかし実際には、日本国内の人手不足を埋める手段として使われている。ならば日本の産業に欠かせない働き手として、経済的にも社会的にも敬意をはらわれるべきだろう。
 ところが、日本の経済・社会はこの人々を一人前の労働者として満足に扱っていない。日本人より低賃金であったり、危険な作業を命じられることがある(この本は、荒天下での農作業で雷に撃たれた事件から始まる)。不景気になると真っ先に解雇される。罵声を浴びせられるとか、暴行を受けるとかの違法行為の被害にあっても、訴えにくい。新型コロナのワクチン接種の情報が行き渡っていないし、それを根拠に「近寄るな」などと露骨な差別を受ける。ひどい扱いから逃げ出すと「不法滞在」などと言われ、裁判も受けずに人権のまもられない施設に収容され、ときには命をおとす。祖国に戻れば、日本に来るために負った借金が待っている。
 日本の経済・社会は、外国人労働者なしには成立しない。いてもらわなければならない。しかし、それは「人手」としてなのだ。ひとりの人間としてではなく。たとえば、人間が暮らせば、そこで家庭をもつことだってあるだろう。子どもも生まれ、育つだろう。それなのに、「それは困る」というのが、いまの日本の仕組みなのである。人手としては数に含めているが、人間としては空気のように無視している。私たちが、無視している。

 森林・環境共生学がいう「共生」とは、「人間が自然と折り合う」という意味だけでは不十分だ。人間と自然との関係性をとりもっている人々には、すでに外国人労働者が含まれており、その人々が不当な扱いを受けている状態での「環境共生」などありえない。
 この本は、それを知るのにたいへん役に立つだろう。問題点だけではなくて、あちこちで状況を変えていこうとする人たちのことも書かれている。
 書かれたくないことを書くのは大変だ。新聞記者は、村長に呼び出しを受けて睨まれながらも、事実にしたがって記事にした。その記者は、森林・環境共生学コース(当時 森林科学科)の卒業生である。
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© 2022 三木敦朗