森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
海がやってくる:気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか
エリザベス ラッシュ
河出書房新社、2021年

気候崩壊:次世代とともに考える
宇佐美誠
岩波書店〔岩波ブックレット〕、2021年
 温暖化による海水面の上昇は、南洋の島々ではすでに影響がでているが、高緯度地域で問題になるのは先の話だと思われてきたのではないだろうか。
 そうではないのである。『海がやってくる』は、アメリカのフロリダなどの沿岸部のルポタージュだ。
 何十年に一度といわれるようなハリケーンが、しばしば来襲する。満潮でも水に浸かるようになり、水が退かなくなる。海水が染みた土では、植物が急速に枯れ腐る。そこを拠点にしていた渡り鳥がいなくなる。
 人々はどうしているだろうか。簡単に移住できるものではない。その島の名前を姓にしている人、漁業を営む人、住宅ローンがまだ残っている人……ギリギリまでそこに留まることになる事情があるのだ。最終的には土地を放棄せざるをえなくなる。その移住とは、「一念発起してキャリアアップのために転職する、といったこととは全然違う。僕たちは、自分たちが属する場所から立ち去ろうとしているんだ」(193ページ)。それを「自主避難と呼ぶことは、間違っている」(187ページ)。
 そもそもそんな不便なところに住まなければよかったのに、と思うかもしれない。だが、これには過去の経緯がある。かつてヨーロッパ人たちに追い出された先住民は、湿地帯でコミュニティを作らざるをえなかった。また、沿岸部は埋め立て地として造成され、手頃な値段の土地として売り出された。人々はそこでしか土地を得られなかったのだ。
 もちろん、対策はとられる。堤防が築かれる。土地や建物の嵩上げがおこなわれる。失われつつある生態系を、別のところへ移動させることもできる。だが、それは名だたる大企業がいる区画だ。
 洪水神話では旧約聖書の「ノアの箱舟」が有名だが、今日の箱舟に乗れるのは、気候変動の原因の多くをつくっている経済的強者なのである。「救援対象者にわれわれが含まれなかったことには、誰も驚いていない〔……〕われわれはインディアンだからね、結局」(42~43ページ)。そこには陰に陽に、差別がある。

 こうしたことは、アメリカだから極端にあらわれているのだろうか? 日本でも大都市は海面すれすれの場所に展開しており、埋め立て地の工業・商業地帯も多い。これらの土地で、対策が誰に対しても均等になされると、私たちは自信をもって言えるだろうか。あるいは信州でいえば、これから低標高地の住環境が悪くなると、移住者が増えてくるだろう。そのとき信州は、様々な人に対して均等にひらかれているだろうか。それとも、高所得者・大企業むけの再開発を期待するようになるだろうか。私たちは、誰のために素晴らしい森林環境を保全することになるのだろうか。
 気候変動の原因は、みなが均等につくっているわけではないし、その影響も均等に受けるわけではない。原因をたいしてつくっていない人々が、もっとも大きな影響を受けてしまう。対策も、みなが均等にとればよいというものではない。より大きな責任を負うべき者がいる。「気候正義」として議論されているものだ。その初歩は『気候崩壊』が紹介している。高校生むけの、わかりやすい講義である。
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© 2020 三木敦朗