森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
Savoir & Faire 木
エルメス財団編
講談社〔講談社選書メチエ〕、2021年
 フランスの職人が、分野をこえて様々な「素材」について書いたり語ったりしたアンソロジー本を、抜粋・翻訳して、日本オリジナルの章を加えたものだ。インタビュー、絵画や写真、詩も含まれる。美しい本だ。
 Savoir & Faire(サヴォアール エ フェール)は、「知っていること と 行うこと」(ノウハウ)くらいの意味だろうか。フランスでは「木」のほかに、金属、布、土(粘土)などがシリーズになっているようで、これもそのうち日本語で読めるようになるのだろう。
 そういうわけだから、この本は樹木の「素材」としての側面に注目している。
 木工をおこなう人からみれば、それは美しいとか手に馴染むというだけでなく、加工が容易であるということも着目される。それは、震災後の地域の立ち上がりを可能にした(「木工家具とDIYスキルの可能性」)。「木はいちど切り離されると、樹液がめぐっていたころの輝きを失いますが、木製の柄は、何度も握られて使い込まれているうちに、生きた木の輝きを取りもどすのです」という表現もいい(「森は目である。その目には視線が刻まれている」)。
 木は、固体としての素材であるだけではない。香りの素材でもある(「香る木」)。オーストラリアには、香料を採取するために15年で収穫する短伐期林業があるというのは我々にとってもヒントになりそうだ。また、木を直接食べることはできないが、日本では食に密接に関わる素材でもある(「「木」と食の道具))。建築物や仏像の材料でもある。
 他にも、文化的に様々な意味づけがなされてきた。フランスではイチイは不吉なイメージがあるようだ(日本では木材が美しく、「一位」に通ずるからよい木だとされる)。ヨーロッパは石材建築の文化だと思っていたが、かつては木が用いられていて、中世に石を使うようになったとき、人々は嫌がったのだそうである。生命力のある木材のほうが、高くみられていたのだ(「中世における木 ひとつの文化史))。
 どの樹種を使うかは、用途だけでなく、その地域の植生や、その時代の道具の制約にも影響される。日本では丸太を縦方向に製材するノコギリが発達しなかった。スギやヒノキは、くさびで板状に割ることができたからだ(似た理由で、日本には木の中をパイプ状にほじくる道具がない。竹があるので)。
 しかし共通するのは、素材といえばまず木だったということだ。素材とか物質をあらわす「materia」は、もともと木材という意味の言葉だった。そういえば、漢字でも「材」料は木である。木は、根源的な素材であるとともに、だから誰でも加工にとりかかることができる、開放的な(民主的な)素材でもあると言えるのかもしれない。そうだとするなら、木は、今の時代に求められる最先端の素材である。
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© 2020 三木敦朗