森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
森林を活かす自治体戦略:市町村森林行政の挑戦
柿澤宏昭編
日本林業調査会、2021

地域の再生と多元的経済:イギリスのサードセクターと社会的企業に学ぶ
早尻正宏・守友裕一編
北海学園大学出版会、2021
 いま、森林管理の中での、市町村役場の役割が増している。
 たとえば、法律で市町村は「xx村森林整備計画」というものを立てることになっている。以前は「立てたければどうぞ」という計画だったが、今では必ず立てることになった。また、「新たな森林管理システム」という政策が始まって、この主役も市町村だ。個々の森林所有者がなかなか自分の森林を管理できない中で、これからの地域の森林を管理するのは市町村である、というふうになってきている(私はこれに異論をもっているが、それは講義でのちのち)。国民から集められた「森林環境税」も、市町村に配分され、その使い道は市町村が自分で考える仕組みだ。

 そういう中で、全国のすぐれた市町村が、どのようなユニークな森林管理、森林を活かした地域づくりをしているのかを調べたのが、『森林を活かす自治体戦略』である。伊那市をはじめ、信州の事例も載っている。
 これを読むと、地域で求められている森林管理とは、ほんとうに地域ごとに異なるということがわかる。
 絶滅危惧種の魚がいる地域では、川の両岸数十メートルは伐採しない約束をつくる。鳥もそうだ。営巣している木を伐ってしまわないように、その場所を関係者間で情報共有する。里山の管理を市民団体におこなってもらうとか、森林ボランティアを育成するところもある。人々を癒やす森林にしたら、森林セラピーに取り組みたい医師たちが集まってきて、医師の数が増えたというのは信州の事例だ。
 これは、全国一律、あるいは県内一律には決められない。「こうすれば森林はうまく管理できる」という、万能の解はないのである。なんの生物が棲んでいるかとか、市街地があるか、農村への移住者が多いかなどは、地域によって事情が違うからだ。市町村が独自におこなう必要があるわけだ。だから、この本に書かれている事例を南箕輪村でそっくり真似することはできない(意味がない)。しかし、様々な取り組みかたがあるということが、全国の市町村役場と住民を励ますことだろう。

 では、どの市町村も、ユニークな森林管理、森林を活かした地域づくりができるようになったのだろうか。そうはなっていない。
 まず、役場の人数が足りない。森林関係の担当者は、小規模な役場では1~2人しかいない。それも農地管理などの担当を兼ねていて、森林のことが毎日できるわけではない。大規模な市ならそれなりの人数がいるが、管理すべき森林面積もまた大きい。
 また、この担当者は異動がつきものだ。役場では転勤はないけど、数年で部署が異動する。この3月末まで保育園の担当だった人が、4月からは森林担当になったりする。これは、人数の少ない役場内で、全員がどの仕事もできるようにするという点では重要なことだ。しかし、市町村が独自の森林管理をするためには専門的知識が必要で、同じ人が少なくとも5年くらいは森林担当であってほしいし、欲をいえば、みなさんのような森林・林業について大学で専門教育を受けた人に任せてほしいところだ(国や都道府県では、専門教育を受けた人を採用し、ずっと森林担当をさせるのが普通である。ただし事務所の転勤がある)。

 市町村役場の人材が慢性的に不足するのを解決する方法の一つが、都道府県の職員がサポートするというものだ。しかし、県にだって無限に職員がいるわけではない。
 そこでこの本では、地域にある「森林組合」という団体が、専門家集団として市町村を支えることができるのではないかと考えている。森林組合については講義で説明することにしよう。農家がつくる農協(JA)、学生・教職員がつくる大学生協みたいに、森林所有者がつくる協同組合である。
 ここで面白いのは、「役所」ではない民間団体が、役所をこえる専門的知識をもって地域づくりをする可能性があるのではないか、という点である。
 この事例は、まだ日本にはあまりない。そこで『森林を活かす自治体戦略』の著者の一人は、『地域の再生と多元的経済』の本のほうで、イギリスを取材している。

 イギリスでは、政府・自治体でもなく、利益追求のための企業でもない、市民がつくる様々なかたちの「サードセクター」が地域を支えている(日本のNPOのようなもの)。イギリスでは1970年代から政府機能が縮小され続けたため(新自由主義政策)、やむを得ずサードセクターが地域を支えているという側面があるから、よいことばかりではない。一方で、地域づくりができる市民がいるというのは、さすがである。
 イギリスは産業革命の発祥の地で、だから製鉄と石炭鉱山の産業衰退も強烈に経験した。かつての花形産業が縮小した地域では、住民のやる気そのものがなくなっている。自分たちは無力な存在だと思ってしまって、地域がすさむ。サードセクターは、そうした人々にやる気を取り戻させる「人材育成」からおこなう。
 この方法は何も特別なものではない。サードセクターが後押しして、荒地を公園にして花を植えるとか、みんなで食用魚を育てるとかである。それを通じて、自分たちはやればできるのだ、地域の姿は市民がつくるのだという実感を取り戻すことが大切なのだ。これは、日本も学ぶところがあると思う。

 この10年間、市町村への期待はどんどん高まっている。市町村役場でも、大学で専門教育を受けた人を森林担当に採用しようという動きがでてきている。森林組合がイギリスのサードセクターのようになれるかは、まだわからない。でも、地域の森林管理、森林を活かした地域づくりを支える専門家集団が求められているのは確かだろう。
 つまり、それらが就職先の一つとして考えられるということだ。

 もう一つ、今回の2冊を読んで気づかされたことがある。
 イギリスの「サードセクター」には、大学も含まれるのだ。確かに大学は、役所ではないし、利益追求のための企業でもない。でも、大学が地域をつくる一部であるという認識は、まだ私たちには少ないと思う。
 農学部のある上伊那の森林の特徴は何だろうか。アカマツが多いとか、平地林が多いというのが、一つだ。薪の利用がさかんで、移住してくる人はそれに魅力を感じているというのも、そうだろう。
 しかし私たちが見落としがちなことがある。
 上伊那の最大の特徴は、森林・環境共生学を学ぶ人が150人も常にいるという事実だ。こんな農村地域は他にない。これが上伊那の森林の最大の特徴である。私たちが地域とつながれば、全国唯一のユニークな森林管理、森林を活かした地域づくりができるのだ。
 そういう地点に、あなたはいる。
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