森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
木本植物の生理生態
小池孝良・北尾光俊・市栄智明・渡辺誠編
共立出版
2020
 2020年は教科書の「当たり年」だ。私の手元にあるものだけでも、『山岳科学』『森林病理学』『森林利用学』『森林計画学入門』『農村地域計画学』、もっとあるかもしれない。名著といわれる昔の教科書もあるが、時代はかわり、研究はすすむので、やはり教科書は新しいものがよい。
 『木本植物……』は、樹木生理生態学の新しい教科書である。どのような仕組みで樹木が生きているのか、光や水など周辺の状況に影響されるのかを説明し、樹木に様々な生存・繁殖の戦略があって、それが多様な生態系をうみだしていることがわかるようになっている。
 たぶん、樹木生理生態学のどの教科書でもそうなっているのだけど、この本は分量をうまく調節していると思う。
 教科書は、薄いものが簡単かというと、そうではない。内容を短くすると、具体例が書けないので、専門用語の解説と法則の記述ばかりになり、かえって難しくなる。では厚ければ厚いほどよいかというと、網羅的にはなるのだけど、初学者が知らなくてもいいようなことまで書いてあって、全体の見通しが悪くなる。どちらも、「すでに知っている人が読む本」になってしまうのだ。
 その点、この本はうまい。樹木はこのような仕組みになっていて、生き方はこういう法則で説明できると考えられています、という標準的モデルを解説する。だけでなく、それに合う具体例を示す。
 たとえば、なぜ樹木は水を100mの梢の先まで吸い上げることができるのか。これは水分子の凝集力(水素結合の力)で説明される。葉から蒸散することで、ひとつながりになった水が引っ張られて上がるのだ。本当か? と思うでしょう。この本では、木の枝を遠心分離機で振り回した実験結果が紹介されている。樹高150mに相当する力がかかっても、道管から水は抜けないらしい。こういう力わざ実験で確かめるの大好き。
 また、それだけではなくて、モデルに合わない事例も書いてある。従来の考えでは、樹木の一番上は水が不足気味になりやすい(水ストレスが大きい)とされてきた。しかし、実際に野生の木に登って観察すると、鈴なりに種をつけて、生き生きしている。これはどうしたことか。どうも樹木は上から下まで単純なパイプなのではなくて、葉や枝に水を貯えることができるらしい。
 法則だけ教えられたら「ああそうですか」という気分になるけど、従来の理論はある程度までは正しいのだけど、まだまだ分からないこともあるし、新しい説もあるよ、というのは、わくわくするではないか。もうちょっと知ってみようかなと思わせるつくりだ。だから巻末の参考図書の案内も、読みたくなるように作ってある。うまい。
 理論的な説明を、具体的な例につなげてあると、自分の思い込みに気づきやすいというのもよい。落葉がたっぷりある土地では、むしろ稚樹が生えにくい。ついつい逆だと思ってしまうのだけど。暗い環境で生きる樹種の葉は、薄いか厚いか。枝打ち(下のほうの枝を人為的に取り除く作業)をすると、幹の上下の太さがそろうのは、どういう仕組みだろうか。なぜ年輪の幅は、前年の気候に左右されるのか。つる性の木本植物は、どうして寒いところにはいないのか。
 とはいえ、教科書を読んだだけではよくわからないこともある。私は「限られた資源のもとでは、枝分かれを繰り返さない(魚骨状に枝を出す)樹木のほうが、光などの条件がよい環境を探し求めるのに適している」という説明がわからなかった。いっぱいあちこちの方向に枝分かれしたほうが、そのどれか一つが明るい方向をみつけることに成功しやすいのではないか。考えてもわからなかったので、著者に聞いた。この部分の執筆者は森林・環境共生学コースの城田徹央さんなのである。
 疑問に思うところはすぐに質問できる。大学の素晴らしいところだ。
戻る
© 2020 三木敦朗