森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
どんぐりの生物学:ブナ科植物の多様性と適応戦略
原正利
京都大学学術出版会(学術選書)
2019

森林の系統生態学:ブナ科を中心に
広木詔三
名古屋大学出版会
2020
 ブナ科とは、ブナのほか、ナラやカシ、シイ、クリなどのグループである。どんぐりなどの堅果をつける。キク科などに比べれば種数は少ないが、バイオマス量でみれば広葉樹の中では最大らしい。
 『どんぐりの……』は、ブナ科について網羅的に紹介した本だ。どのように進化してきたと考えられるかから始まり、樹木としての多様性、種子の多様性、そして動物との関係と繁殖について書かれている。「ブナ」というと白神山地のような雪深く寒いところを想像するが、太平洋側にもいるし、コナラ属のカシは九州に(一般的に、落葉するのをナラ、常緑なのをカシという)、ほかの仲間は熱帯地域にも分布する。ところが地域的には偏りもあって、東・東南アジア、欧州、北中米にはいるが、他にはいないという。
 網羅的な本なので、とくにあらすじはないのだけど、面白いと思ったのは次の点だ。
 一つは、どんぐりには様々の形があるということだ。一般的にイメージする釣り鐘型のもの、クリ型のもののほか、海外のブナ科にはサトイモのようなの、フジツボのようなの、青い(果肉のついた)状態のクルミのようなのなど、見たことのない形(大きさも)の堅果をつける。そういえばブナの実もどんぐりの仲間とは思いにくい。ソバみたいである。
 ブナ科の堅果には、殻斗(かくと)がある。どんぐりの帽子の部分(実際は上下逆で、いわば皿)で、クリのように全体を包むものもある。殻斗はブナ科にしかない器官だが、何の器官が変化したものかはよくわからないらしい。葉や花ではなく枝の一部らしいのだが。
 わからないといえば、花粉の送りかた(送粉様式)もわからないものが多いという。ブナは風媒花、クリは蜂蜜がつくられるように虫媒花だが、はっきりしないのがあるのだそうである。そんなの、虫が来るか来ないかを観察すれば明白じゃないかと思うのだけど、風媒とされているものに虫がくるのが目撃されたり、クリも風媒しているようだったり、そう簡単ではないらしい。もとは風虫媒を両方する植物から、それぞれに特化していったと考えられている。
 受粉のときには虫を利用するが、どんぐりが虫に食べられるのは困る。どんぐりは、齧歯類や一部の鳥類によって散布される。虫や大型哺乳類は散布に役立たない。そこで①種子を堅い皮で覆い、地味な色にして、香りもないようになっている。クリなど、まわりを殻斗で覆うものもある。また、②消化を阻害する物質を種子に含ませている。代表的なのはタンニンで、こればかり食べると動物も死んでしまうこともあるらしい(だから避ける)。
 齧歯類も、どんぐりを大歓迎しているのではなくて、他にえさがあるならそちらを優先するらしい。どんぐりは貯蔵にまわす。一部は掘り起こされて食べられるかもしれないが、そのまま埋まったままになるチャンスもあるというわけだ。母樹から離れたところに埋められれば、分布を広げられるし、母樹が感染している菌から逃れることもできる。新しい土地では共生菌との関係がきれてしまうことが心配されるが、どんぐりを運んだ齧歯類が糞をすることで、共生菌も運んでいるようだ。
 ところが光合成で生産したもので、トゲを作ったり、タンニンを合成するのは、樹木にとってみれば余計な出費である。だから一度に両方はやりにくい(トレードオフ)。殻斗が堅果全体を覆うクリやブナの実はあまり渋くなく、逆に渋いコナラのどんぐりには殻斗が少ない(あの帽子は、成熟中に虫から守る役目)。
 このほか、③実をつける年と、つけない年をつくって、食べきらないようにするという戦略がある(マスティング)。今年は、上伊那ではナラ類の着実が少なかったので、クマが人里によく出没している。よく「里山の荒廃」などといわれるが、樹木側の戦略からみれば当然の結果かもしれない。野生動物との共生に関心のある人は、ブナ科の戦略を知っておくのもよいだろう。
 そう考えると、ヒトが縄文時代にクリを植えてみたり、たきぎを伐ったあとでも切り株からよく芽が出る(萌芽する)からとコナラを残したり増やしたりしたのは、樹木からしてみれば想定外の事態である。

 『森林の……』のほうは学術書だ。厚い本なので簡単に紹介できないが、一つ興味をひいた点を挙げておこう。
 北米では、生態系の中で、アメリカブナと同じ地位をサトウカエデが占めている。メープルシロップをとる木で、カナダの国旗のデザインにもなっている。一方、日本のカエデは大木にならない。ブナ林の下層を占めている。
 なぜこういう差があるのか。著者がいうには、北米では氷期にブナの生息域が南に押しやられ、氷床で分断された。ブナは数を減らし、そのすきに、それまでブナが占めていた地位(ニッチ)をカエデが占めるようになった。だからブナとカエデという系統が異なる木が、ともに同じような生態系内での役割をもつようになっている。
 日本では、そういう事件がなかった。大陸から日本にブナとカエデの原種が渡ってきたときに、その出会いかたは北米のようではなかった。そこで日本のカエデはブナと競合するようにではなく、別の地位を占めるように進化した。生物の種は、他の種との出会いかたによって進化のしかたが変わるのではないか、ということを著者は言いたいらしい。
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© 2020 三木敦朗