森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
SDGs:危機の時代の羅針盤
南博・稲場雅紀
岩波書店(岩波新書)
2020

SDGsを学ぶ:国際開発・国際協力入門
高柳彰夫・大橋正明編
法律文化社
2018年
 もう干支が一回りしてしまったが、岩手大学で「持続可能な発展のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)を推進する部局にいたことがある。ESDは日本政府が提唱して始まったものなのに、国内ではほとんど盛り上がらなかった。理由はいくつかあるけれども、その一つに、「持続可能な発展」が環境問題か貧困問題かに限定されて考えられがちで、それ以外の分野の人には「関係ないよ」と思われてしまうことがあったと思う。
 SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、2015年に国連で決まって、ようやく最近になって国内で知られるようになった。ここでも人々がどう関わればいいかわからず、まだ企業や行政のイメージアップの言葉に使われているだけのような感じがする。なにせ、SDGsには「Goal」が17あり、より詳しいターゲットは169だ。全体像を知るのに苦労しそうだ。
 その点で、岩波新書の『SDGs』は、理解をたすける内容である。
 著者の一人、南は、国連でSDGsの項目と内容が定められる際に、日本の代表として会議に参加した人だそうである。この本の前半は、どういう流れのなかで決まっていったのかの、コンパクトながら臨場感ある解説になっている。国家間の会議だから、大国の論理というのものあるし、経済構造や宗教のちがいによる対立もあるのだが、SDGsをただの政治的妥協の産物としてとらえるわけにはいかない。
 たとえば、SDGsを定めることを提唱したのは、コロンビアであった。大国とか主要先進国の思惑がはじまりではないのである。また、「平和問題は、国連に別の問題解決のための仕組みがあるのだから、SDGsに入れなくてもいいのでは」という風潮に対し、持続可能な社会のためには平和でなければならないと訴えたのは、戦闘で国土が荒廃した経験をもつ東ティモールだったという。
 SDGsの特徴は、国家だけが会議に参加していたわけではない点である。NGOや研究者、企業の意見も聞いている。「パリ協定があるのだからSDGsに気候変動問題の目標を設定するのは避けたい」という傾向があったが、目標設定すべきだというNGOや研究者からの声によって、入れられることになった。
 こうした経緯の解説のほか、この本ではSDGsの主要な内容がわかりやすくまとめられている。国内での新しい動きの例の一つとして、鳥取県智頭(ちづ)町の自伐型林業の話が挙げられている。

 もっとも、SDGsの内容にまったく課題がないわけではない。これについては、『SGDsを学ぶ』が網羅的に読み解いている。17の各ゴールについて、現在の世界にどういう問題が残されていて、SDGsでどのような解決目標が掲げられているかを解説し、SDGsに欠けている視点を論じて、日本国内で不十分な点を指摘している。
 たとえば、SDGsのキーワードの一つは「誰ひとり取り残さない」である。発展途上国でも先進国でも、ひとが「取り残される」状況であっては持続可能な社会にはならない。日本ではどうだろうか。
 女性のジェンダー問題は解決されていない。若い女性芸能人が、環境問題にたいする心がけを語っただけで、からかいの対象となる。国内の、様々なルーツをもつ人々についてはどうだろうか。外国人労働者によって営農が成り立っている専業農家も多い。だが外国人労働者は、社会的にいないものとされている。大手化粧品メーカーが、公然とレイシズム(人種差別)の発言を繰り返す。こうした状況が放置されたままで、「わが町/社はSDGsの実現に努めています」というふうなイメージ戦略だけしても意味がないのである。

 新型コロナウィルスの発症リスクは、糖尿病などをかかえる人で高くなる。では、「生活習慣病を抱える人は自己管理ができていないのだから自業自得」なのだろうか? そうではない。『SDGs』の中でも地区によってスーパーの品揃えが異なることが指摘されているが、経済的貧困層は食べるものを選べない環境におかれているのである。ということは、感染症の被害を抑えるという目標のためには、医療の充実だけでなく、貧困の解決も必要だ。
 このように、問題と問題はつながりあっているのである。SDGsは、どれか一つだけでなく、つながりあった問題群そのものを解決しようとする。そのために社会全体の変革しようと呼びかける(SDGsが書かれている文書の正式タイトルは「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」である)。私たちが森林・環境共生学を学ぶのは、たんに森林の問題を解決するだけでなく、それに連なるさまざまな問題の解決にも結びついているのだ。これを知るのが大学の学びの一つだと思う。
 SDGsの目標年は2030年、そこへの10年間の最初の1年がすぎた。気候危機や新型コロナウィルスは大きな問題であるが、それを通じて、不幸中のさいわいとして、私たちは問題の連なりに気づいた。これまでの世界の延長ではいけないことを知った。大変だったがまずまずのスタートであった、と9年後に振り返れるようにしたいものである。
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© 2020 三木敦朗