森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
山岳
マーティン F プライス
丸善出版(サイエンス・パレット)
2017
 「サイエンス・パレット」という、主に海外の入門書を翻訳しているシリーズの一冊。新書サイズで横書きである。
 以前、山にかかわる様々な研究分野を載せた教科書『山岳科学』を紹介したけれども、この『山岳』は、それを一人で書いたものという感じの本だ。
 個人執筆の本は、集団で書く本よりも広がりは少なくなるが(すべての分野に詳しい人はいない)、全体の論調がまとまって読みやすいものになりやすい。この本も、とても読みやすい。約160ページと分量は少ないのだが(原題も Mountains: A Very Short Introduction )、だからこそ読みながら迷子になることがなく、しかも様々な内容を知ることができる。なかなかよいつくりだ。

 著者によれば、山岳の重要性がちゃんとわかるようになったのは、ようやく21世紀に入ってからなのだそうだ。全世界の地形や人口の分布が、人工衛星などのデータ(リモートセンシング)で量的に推計されたのが1990年代になってからなのだ。そもそも、なにを「山」とするかという共通理解ができたのも最近らしい。
 それによれば、世界の人口の4分の1が山に住み、もう4分の1は山の周辺に住んでいる。
 山は今でこそ「過疎地域」というイメージで語られるが、人間の歴史では重要な位置をしめている。主要な作物の中には、山で栽培が始まったものも多い。家畜もそうだ。山は地殻が圧縮されてできたものだから、様々な鉱物資源や宝石があらわれる。そして少数民族や山岳信仰などの独特な文化がある。
 また、山をのぼる空気は雨や雪を降らせ、川をつくる。ついでに土砂もうみだし、下流へと供給する。これが山岳だけでなく、平地の人々の生活を支えていることがわかるだろう。
 だが、これらの特徴は、ときには問題も発生させる。著者は、世界各地の事例を紹介して、それらに目を向けさせる。入門書ではあるが、示される問題群は読者の思考をうながすに十分なものだ。
 商業的な鉱物資源の採掘やプランテーションが、環境破壊やひどい人権侵害をもたらす。人目につかないという山の特徴から麻薬の栽培がおこなわれ、これが抗争の原因になったりする。膨張する都市は山へと這い上がり、斜面を不法占有せざるをえない人々をつくりだす。土砂災害を防ぐために対策工事をすると、人々はそこが安全だと思って、逆にリスクの高いところに住むようになってしまう。
 山岳のめずらしい文化や生態系は、旅行客をよぶ。適切な範囲であれば、それが文化や生態系の保全につながるが、しばしばいきすぎる。文化は商業的に「見せる」ものへと変質するし、山岳観光にともなう環境破壊も深刻だ。歴史的にみても、政府は自然公園を区切る際に、もともと住んでいた少数民族を追い出してきた。
 だが解決の方法もみえている。第6章「保護地域とツーリズム」は、とくに内容が充実している。要点がうまくまとめられていると思う。登山やスキーに親しむ人には、この章だけでも勉強になるだろう。

 山岳環境に興味のある人は、まずこの本から読むことを薦めたい。値段も手頃だ。
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