信州大学農学部 森林政策学研究室
オープンキャンパス用解説
書いている人:三木敦朗
最終更新:2025年7月19日
森林政策学のおもしろさ
「ああ、うちの地域に森林があってよかったな」
 森林地域の人たちが、そう感じられるようにするには、どういう社会の仕組み(制度)が必要か。これを明らかにするのが森林政策学です。
 もし、「あってよかった」と思えないとしたら? 日本列島では、森林の多くは山(山岳圏)にあります。傾いた土地です。もし、地域に森林が「あってもなくても同じ」、あるいは「ないほうがよかった」と感じるとしたら、その地域は単に「不便な場所」になってしまいます。
 日本列島の陸地の約7割は森林です。山岳圏の森林率はもっと高い。地域のいちばん大きな部分を占める森林が、地域の「よさ」「強み」になったほうがいいでしょう。
 従来は、このための方法は「地域で木材生産をさかんにする」だけでした。
 もちろん、今でも大切です。木材生産をさかんにすれば、そこには雇用と経済循環が生じます。木材は、空気中のCO2から樹木が作り出したものなので、木材を上手に長く使えば、それだけCO2を固体の状態に留め置く(大気中から取り除く)ことができます。
 だから、「どうすれば地域で木材生産をさかんにできるか」は、森林政策学の中の重要な研究テーマです。長野県内にも「林業立村」を掲げる地域があります。そうしたところでは木材生産を通じて、人々が「森林があってよかった」と感じられるようになるとよい。
 でも、そういう地域ばかりではありません。いまや、かなりの山村でも「それなりに木材は生産しているが、多くの人は林業以外の産業に就いている」という場所が多い。だからこの方法だけでは、林業関係者以外は「森林があってよかった」とは感じられません。
 そうなる理由の一つは、林業の機械化が進んでいるからです。
 機械化は、人手がかからなくてすむようにするために、おこないます。機械化のおかげで、かつてより少ない人数で木材が生産できるようになりました。現在の林業従事者は全国で4万4000人、そのうち主に木を伐ったり運んだりする人は、たった2万人しかいませんが、その人たちが日本で消費される木材の4割を生産しています。
 林業が衰退すれば、もちろん「森林があってよかった」と感じる人は減ります。逆に林業が発達しても、「よかった」と感じる人は相対的に減るのです。
 だから、現在では「木材生産をさかんにする」以外の方法も用意しておくべきです。
 いま、木材生産以外の森林との関わりかたが増えています。森林で、観光や教育などのサービス業をおこなう「森林サービス産業」も出てきています。
 商売にならなくても、生活の中で森林を利用することで「森林があってよかった」と感じることもあるでしょう。近くの森でちょっとした山菜が採れるとか、散歩できるとか、外から眺めて楽しむとかです。適切に管理された森林があることで、山崩れが緩和されるのも、「よかった」と思える点でしょう。
 従来の森林の制度の多くは、木材を生産することを想定して作られています。だから、それ以外のことを森林でおこなおうとすると、課題が出てきます。森林政策学は、それを改善する研究もおこないます。
 現在では、木材生産は、ほぼプロだけがする世界です。専用の機械や車を使います。一方、木材生産以外の関わりかたは、より様々な人が、多くの場合は機械などを使わずに、おこないます。よりたくさんの人が森林と関われるようにするためには、木材生産とはまたちがった工夫が必要になります。
 たとえば、森林で散歩をしたい人の中には、杖や車いすを使う人もいます。身近な森林の中で心身がリフレッシュできることは、人々の権利の一つです。SDGsで「誰ひとり取り残さない」というように、誰でもそれが可能になるように、場所を整える必要があります。
 このあいだカレー屋さんで隣のテーブルになった、ネパールから日本に働きにきている青年から、こんな質問を受けました。
「私は木登りが趣味なのだが、日本ではどの木に登ってよいのだろうか」
 これは研究上、とても面白い「問い」です。
 よく、「むかしは里山で子どもが遊んでいた」という話があります。そういう里山文化を復活させるためには、「木登りをしてもかまわない空間をつくるためには、どういう課題があるか」の研究が必要だということだからです。新しい研究テーマが見えた瞬間でした。
 木材生産と、それ以外の利用方法とをあわせて、人々が「うちの地域に森林があってよかったな」と感じられるような地域づくりをする。森林政策学は、研究だけでなく、実践もします。
 たとえば、集落の人たちと一緒に、クマが降りてこないようにするための藪の刈り払いをします。消防団に入って、集落の防災に実際に関わります。集落の祭を手伝います。「大芝高原みんなの森」(信州大学農学部の近くにある、南箕輪村の村有林)で、もっと新しい森林の楽しみかたを考えます(「木登りができる森」は、とてもいいアイデアです)。役場に具体的な提言をします。
 そういう地域の課題に実際に取り組むことを通じて、現実の難しさを知ったり、新しい研究テーマを見つけたりできます。そのためには、「現場」が近いほうがよい。信州大学農学部は、それに最適な場所だと確信しています。
 ぜひ、あなたも信州大学農学部へ。山岳圏森林・環境共生学コースや、地域協創特別コースで、いっしょに現場の課題に取り組みましょう!


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