森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
土砂留め奉行:河川災害から地域を守る
水本邦彦
吉川弘文館〔歴史文化ライブラリー〕、2022年
江戸時代の「土砂留め」とは、こんにちの言葉でいえば治山・砂防に相当する。
里山は比較的最近まで、高木ではなく低木や草本が多くを占める空間であった。牛馬の飼料や、肥料として大量の草が必要だった。17世紀以降の新田開発がその傾向を強めた。マツの根も、たいまつの原料として掘り取られたりした。だから雨が降れば土砂が出た。江戸時代の人々も、手をこまねいてばかりいたわけではない。土砂留めを監督する奉行(役人)をおき、農地開発を禁止したり、緑化や工事を命じたりした。
農民にとっては草地は生存に欠かせないものだから、植林しようとしても素直にはいかない。江戸時代には県のような流域をカバーする組織がなく(藩はあちこちに飛び地的に土地を支配していたりする)、指示の出し方や費用負担の事情は複雑である。技術的にも未熟な部分があって、せっかくの工事も効果がすぐに薄れ、繰り返し実施せねばならなかった。耐久性の高い施設が作れるようになったのは、近代に入ってからだ。
一方で、過密なスケジュールで現場をまわって実態調査し、技術的指導をおこなう下級役人もいた。現在の技術者の先祖のような存在である。活着率の向上のためであろう、マツは大苗ではなくて小さい苗を植えよ(147ページ)としているのは面白い。冬期の凍結融解による土砂生産を考慮した議論があった(169ページ)のも、現在と地続きな感じがする。
未来の人々からみれば、現在の私たちがおこなっている自然へのはたらきかけも、未熟なもののように見えることだろう。でも土砂留めの歴史から注目したいのは、人々は苦労しながらも、自然との関係性を模索する努力を続けてきたということだ。それが現在につながり、未来はそこから出てくるのだろう。
© 2022 三木敦朗