森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
菌根の世界:菌と植物のきってもきれない関係
齋藤雅典編
築地書館
2020
樹木たちの知られざる生活:森林管理官が聴いた森の声
ペーター ヴォールレーベン
早川書房(ハヤカワ文庫NF)
2018
植物と共生する菌というと、マメ科植物と根粒菌の関係が有名だろう。根粒菌は細菌だが、植物と共生関係をむすぶ菌類もいる。菌類と根が一体となったものを「菌根」(きんこん)、その菌を「菌根菌」という。『菌根の世界』は、日本で初めての、菌根菌についての総合的な本だ。
菌根菌はランなど草本植物にとっても重要だが、私はとくに樹木の菌根菌のところを興味深く読んだ。世間でもっとも有名な樹木の菌根菌というと、マツタケだろう。マツタケ菌は、アカマツやクロマツと共生する(他のマツや、モミ・ツガにもつく)外生菌根菌だ。この章を書いているのは、農学部の山田明義さん(生命機能科学コース)である。
樹木に関係が深いのは、根の細胞にくいこまないタイプの外生菌根菌の仲間と、根の細胞内に入り込むタイプのアーバスキュラー菌根菌の仲間だそうである。前者は、マツやブナと一緒に生きていて、後者は、スギやヒノキと共生している。これらの菌根菌は、土中の養分や水分を菌糸で集めて、それを樹木に提供している。樹木は逆に、菌根菌に糖類や脂質を渡しているようである(よくわからない部分もあるらしい)。樹木が、火山灰土や乾燥したところにも進出できるのは、菌根を形成しているためだ。樹木はそのために結構なコストをかけていて、固定した炭素(光合成量から呼吸量をひいた純生産量)の2~3割を、菌根菌にわたしているのだそうだ。
腸内細菌がないと人間が健康に生きられないように、樹木も菌根菌を含めて一つの個体なのかもしれない。マツは、外生菌根菌に出会わないと成長できずに枯れてしまうという。火山や海岸など、環境の厳しいところに植林をする際には、菌根菌もいっしょに植えたほうがよいということだ。農業でも、リンが不足する土壌や塩害になった土壌で耕作するならば、必要な技術である。いずれリン鉱石は枯渇するので、重要な研究である。
また、人工林を自然な林に戻していくときにも、菌根菌が関わるかもしれないという。多くの人工林は、スギ・ヒノキである。その土壌には、アーバスキュラー菌根菌は豊富だが、たとえばブナの外生菌根菌はとぼしい。そこにブナ林を成立させようとしても、うまくいかないことが予想される。畑では、ソバのあとにトウモロコシを輪作してもうまく成長しないのだそうである。タデ科のソバにはアーバスキュラー菌根菌が共生しないので、土壌にいなくなり、それがいたほうがよいトウモロコシには不利になるのだ。ソバのあとには、アーバスキュラー菌根菌を増やす作物(ヒマワリとか)を植えたほうがよいということになる。
菌根の重要性は20世紀初頭には知られていたが、研究が進まなかった。絶対共生性の菌は実験室で純粋培養できず、種を同定することすら難しいからだ。樹木とどのような物質のやりとりをしているかも観察が難しい。それがDNA解析技術の発展によって、ここ30年くらいに急速に研究の可能性が広がった。
ただし、まだわからないことも多いようだ。たとえば、菌根菌はどうやって進化してきたのか? 樹木があらわれると、それを腐らせて生きる木材腐朽菌がでてくる。シイタケとか、産業的に大量生産できるのは腐朽菌の仲間である(なお、樹木の登場当時は腐朽菌が進化していなかった。だから木材は腐らずに残り、石炭になった)。外生菌根菌は、そうした菌類の中から、相手を腐らせて爆発的に増えるのではなくて、宿主が長寿命化しているのだから、それと取引してそこそこに増え、長く生き残ることを目指すようになった仲間なのではないかと考えられるそうなのだが、よくわかっていない。菌類は化石に残りにくい上に、この進化を立証するためにはコケやシダの共生菌の研究が必要だが、マツタケのように食べられるわけではないので研究する人が少ない。
菌根菌は、宿主を選ぶものもあるが、それほどでもないものは様々な樹木の間をネットワーク状につないでいる可能性がある。その一つである Cenococcum geophilum (セノコッカム ジェオフィラム)は、どこにでも見られるくせに、誰もキノコ(子実体)を見たことがないのだそうである。どこにでもあるのに、どうやって増えているのかわからないのだ! ぞくぞくするではないか。
ところで、これをもっと広げて考えをめぐらせると、樹木は菌類をなかだちにして、物質のやりとりをしているのではないか、という想像もできる。それを書いたのが『樹木たちの……』だ。
著者のヴォールレーベンは森林官だ。ヴォールレーベンはこのエッセイで、森林を理解するときには、単一の木や単一の種だけに注目するのではなくて、森林全体がネットワークとして生存しているということを見よ、と繰り返し訴えている。
異なった種の木々が、まとまって風から身を守っているではないか。それらは菌糸の網でつながっているだろう。こうしたネットワークがない人工林は、だから環境変化に脆弱なのだ――。
複雑なものをバラバラに分けて観察する、というのは近代科学の基本的手法だけど、そこに視野を固定したままではいけない、ということを意識する指摘である。後半の人工造林批判は行き過ぎだと思うけど、最近いわれる(近)自然的林業というのがどういうものかを知ることができる。森林官が自らの世界観を縦横に語れる環境があるのは、素晴らしいことだ。そして、これがベストセラーになるというのは、さすが林業先進国ドイツである。
© 2020 三木敦朗