森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
山岳科学
松岡憲知・泉山茂之・楢本正明・松本潔編
古今書院
2020年
信州大学と、山梨大学・静岡大学・筑波大学は、おなじ中部山岳地域を研究している仲から「山岳科学教育(学位)プログラム」というものを実施している。大学院(修士課程)の学生が、学部や大学をこえて同じ課目を学ぶのである。
信大農学部にも、このプログラムで実習に他大生が来る。大学院に進学する人は、ぜひ参加してほしい。
『山岳科学』は、そのプログラムのための教科書だ。
地球の表面の、凹んだところが海で、凸のところが山だ。凹に関しては、それを研究する様々な分野を総合する「海洋学」というものがあるのに対して、凸にはない。それを「山岳科学」と名づけて体系化してみようではないか、という野心的試みが本書である。
山岳科学を日本で書くならどこか。それは日本の屋根である中部山岳地域だろう。
そういうわけで、この本では、まず「山がなぜ出っ張っているのか」という地学的解説から始まる。山が高くなれば、大気の流れが変わる。雨や雪が降り、山の反対側は乾燥する。そのことによって、動植物が多様になる。生態系のバランスが崩れると、山岳にしかいない希少な種がおびやかされる。
しかし、山はどこまでも高くなるわけではない。岩は風化していき、角度が急になれば崩れていく。火山は噴火する。山岳地域は、特有の災害がおこる場所でもある。
そうした環境にある人々の暮らし・文化も独特なものになるだろう。神秘的な景観や冷涼な気候を求めて、外部からも人がやってくる。観光地になって人が集中すれば環境保護が必要であるし、人の流出が続けば過疎化しやすい。
地殻の運動が地表の一部を高くすることで、様々な現象が生じる。日本では森林はほとんど山岳地域に分布するから、森林について学ぶということは、そこを森林にしている原因にまで関心をはらうことでもある。そういう、学問分野のつながり・ひろがりを概観することができる本だといえるだろう。
もっとも、かなり広い分野をカバーしていることと、大学院生向けの教科書であること、少ないページに多くの情報量を入れていることから、集中して読まないといけない仕上がりになっている(あと高い)。この本で「山岳科学」というものの枠組みは定まったので、次はもう少し入りやすい本があるといいと思う。
教科書というものは、学生のときだけ読むものではない。その後に読んでもよいものだ。なぜかというと、「その分野の初歩的な知識」そのものが時代とともに新しくなっていくからだ。
これまで私は、たしか北アルプスのような尖った山は造山運動の途中であると理解してきた。教科書にもそんな図が載ってたような気がする。ところがこれは19世紀の理論で、1990年代に違うことがわかったらしい。新しい教科書は読むものである。
『山岳科学』は、4大学の研究者が集って書いている。森林・環境共生学コースからは内川義行さんと安江恒さん、農学部からは他に泉山茂之さんが参加している。
© 2020 三木敦朗