森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
世界の樹木をめぐる80の物語
ジョナサン ドローリ
柏書房
2019
伊那には食虫文化があるので、市(伊那市創造館)が世界の食虫文化についてのシンポジウムを開催したことがある。そのとき、アフリカで食用されているという「モパニワーム」のスープの試食があった。蛾の幼虫、つまり毛虫だ。
しばらく逡巡したが、食べてみると普通の食材であった。干したのがスープになじんでおり、とくに主張する味でもない。近所のネパールカレー屋のカバブ(切りたんぽ型のつくね)に食感が似ている。冷蔵庫がなくても保存が利くタンパク源というのは、大切なことだろう。
貴重な体験であった――と思っていたが、踏み込みが浅かったようだ。
「モパニ」(Mopane)というのはマメ科の樹木だということを、今回『世界の樹木を……』を読んで知った。近年モパニワームが人気になったために、それが捕獲しにくい背の高い木は伐られてしまうのだそうである。
この本は、世界各地の樹木を、美しいイラストとともに紹介している。その樹種の特徴的な生態と、その性質がどのように人間に利用されてきたかが、1~2ページで簡潔に書かれている。どこから読んでもよい構成だ。
人々はそれぞれの土地で、木材や木の実、樹液など、樹木の特徴をとらえた利用をしてきた。モパニワームもその一つだ。薬効から、神聖なものとされた木もある。なかには覚醒作用をもとめた、ちょっとアブない使い方も。トニックウォーターが苦いのは、マラリア対策だったんですね(日本で販売されているものには含まれていないけど)。
地元での利用だけではない。暗い歴史がともなう樹木もある。奴隷と「物々交換」された樹種や、彼らをコントロールするために各地に移植されたものもある。金になるとわかって先進国が伐採し尽くしてしまった(そして代替材料が発明されると見向きもされなくなった)ものもあった。珍しい庭木として導入されて、はびこってしまった樹種が笑い話にみえるくらいだ。
著者は、人間が利用する品種の原種にも目を向ける。たとえばリンゴの原種は、木によって実の味がばらばらである。安定的に好みの味の実を収穫するために、人々は接ぎ木で栽培するという工夫をしてきた。ところが遺伝的多様性が小さくなると、病虫害にあいやすくなるし、気候の変化にも適応できなくなる。そのときに、多様な性質をもつ原種から、栽培品種を改めてつくることが必要になるのだが、原種が保存されているとは限らない。栽培品種と交雑してしまっているかもしれない。
また、樹木の不思議な生態も紹介する。播種に不向きなくらい大きな実をつけるアボガド。これは太古、オオナマケモノに食べられることで種子を撒いていたからだという。何度説明を読んでも、どうしてそういう共進化をしたのか理解に苦しむイチジク。風によって「鳴く」ウィスリング ソーンや、時速240kmで種子をふっとばすスナバコノキは、にわかには存在を信じがたく、むかしの旅行記を読んだ人々もこういう気分だったのだろうかと思わせる。
日本の樹種としては、サクラ(ソメイヨシノ)とウルシが紹介されている。イギリス人から見た花見は、「サクラの花を眺めながら野外で食事をする遊び」に見えるらしい。
© 2020 三木敦朗