森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
地域林業のすすめ:林業先進国オーストリアに学ぶ地域資源活用のしくみ
青木健太郎・植木達人編
築地書館
2020
 「林業先進国」といえば、どこだろう。アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、スウェーデン、フィンランド。林業の機械化が進んでいるだけではない。たとえばアメリカは、大規模林業というイメージがあるかもしれないが、小規模森林所有者むけに『あなたの森林を管理するには』という指南本が出ている。北欧の林業機械のテキストは、冒頭で「オペレーターとしての能力に男女差はない」「性別や人種などの多様性が、組織が生き残る原動力になる」と明記してある。さすが先進国だなと思う。
 そしてなんといってもドイツ・オーストリアである。森林・環境共生学は、もともとドイツから興ったもので、すでに300年の伝統がある。
 日本からも、これら林業先進国を訪問する研究者は多いし、かなりの紹介がなされている。
 しかし訪問者は、短い滞在時間の中で自分の関心のあることを中心に見てくるので、どうしても視野が限られる傾向がある。たとえば、海外の大規模製材工場を見ると、とても素晴らしい(ほんとうに)。だから日本でも工場を大規模化せねば、という。けれども、その国は大規模工場ばかりなのだろうか。

 『地域林業の……』の編者の青木さんは、オーストリアの大学にすすみ、現在はFAO(国連食糧農業機関)に勤めている。長くオーストリアの林業や森林文化を見てきた人だ。
 長野県には、「長野県林業大学校」という林業技術者を育てる専門学校がある。長野林大の2年生は、青木さんの協力のもと(※)、オーストリアで研修をおこなっている(2020年は行けなかったが)。そうした関係もあって、長野県とオーストリアは提携を結んでいる。
 この本は、そのつながりをいかして、青木さんのほか、長野県庁の職員や、県内のコンサルタント会社が書いたものだ(我々の先輩でもある)。森林・環境共生学コースからは植木達人さんが参加している。オーストリアの林業を幅広く紹介した本としては唯一のものだろう。
 私が注目するのは、次の点だ。
 一つ目は、森林全体の詳細な科学的調査をおこなっていて、それがただデータを集めるだけでなく、政策や計画をたてるときに用いられている点だ。調査をもとに、「そこの森林では、管理の際に何に気をつけるべきか」が分類されて地図化されていて、森林所有者も見ることができる。たとえば、自分の森林では自然災害が発生しやすいことがわかれば、木材生産をする際にも、それに配慮できる。日本でも詳細な調査はおこなわれているけれども、森林所有者の指針になるまでには至っていない。
 もう一つは、森林所有者を支える仕組みが地域にあることだ。森林所有者がやる気を出せるように、農林会議所など相談できる機関がしっかりしている。日本にも似た仕組みはあるが、オーストリアほど強力なサポート体制にはなっていないように思う。
 それから、持続可能な森林管理を実現するために、技術者の養成がおこなわれて、森林認証も普及していることだ。オーストリア林業といえば、天然更新・近自然林業で知られる。低コストで生態系にもあった森林づくりなのだから、日本でもできればいいのだが(そう簡単にいかない理由は講義で習います)、これが可能になっているのは、アクセスしやすい調査データ、森林所有者へのサポート体制、技術者の養成が背景にありそうだ。
 また、市民と森林との関係が、木材(建築用材)以外にも様々あるというのも面白い。木質バイオマスエネルギーの利用は各家庭にも普及しているし、農林業がつくる地域の美しい景観が、旅行客をひきつけている。狩猟者が日本の10倍(人口比)いるというのも、野生動物との健全な緊張関係を保つことに寄与しているだろう。
 林業先進国で、林業が機械化されているとか、木材生産量が多いとか、製材工場が大きいというのは、「結果」なのではないかと思う。森林の利活用が人々の生活の中にあって、持続可能な森林管理をサポートする技術者がいて、科学的調査がそれを裏打ちする。林業先進国が、先進国たるゆえんは、そこにあるのではないだろうか。結果だけを真似することはできないのでは――そう思うのだ。

※ もともとは、信大の松田松二名誉教授がオーストリアに留学していたときのつながりで始まった。
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© 2020 三木敦朗