森林・環境共生学に関連しそうな本を読んで適当に紹介するコーナー
森の根の生態学
平野恭弘・野口享太郎・大橋瑞江編
共立出版
2020
 学部1年生むけの本ではないけれども、森林・環境共生学で「こんなことが話題になっている」ということをうかがうためにも、紹介しておこう。

 この本は、樹木の根についての国内唯一の教科書だ。
 多くの人のイメージする「森林」は、地面より上の部分だけである。しかし、温帯林ならば森林のバイオマスの少なくとも2~4割は地下にある。
 樹木にとって根は、土中の栄養や水分を吸収し、体を支える役割がある。前者は細い根(細根)が担う。1ha(100m×100m)の土の中に、直径2mm以下の細根だけで7.8tも伸びている。しかも細根は、どんどん入れ替わるそうだ。過酷な環境での激務ゆえに、使い捨てにしなければならないのだろう。樹木は細根の生産にものすごいコストをかけていて、光合成によって生産した物質の10~50%(!)をまわしているという。また、枯れた細根は、土の中に炭素を供給する。分解されなければ、それだけ空気中の炭素を土中に固定していることになる。
 根は、吸収するだけでなく、出ていく部分でもある。光合成による生産物の10%近くが、糖やアミノ酸などのかたちで根から流出する。なぜこんなことを許しているのか。貧栄養の土壌では、樹木と共生する菌根菌などに栄養を与えて、かわりに根では集めにくい物質を受けとることが有利になる。また、根のまわりで微生物のはたらきを活発化させることで、樹木の生育にとって邪魔な菌類などの繁殖を抑えているかもしれないという。たとえばトビムシが増えると、うっかり有益な菌根菌を食べてしまったりもするが、一方で腐生菌を減らすことにも貢献してくれる。また、微生物が増えて有機物の分解がすすめば、樹木にとって有利だと考えられている。
 根がどのように伸びていくかは、根系の土壌の流亡や崩壊を防ぐはたらきを明らかにするためにも、知りたいところだ。ところが、土中の根を生きたまま見るのは困難である。透明な窓つきのパイプを埋めて、その中にカメラを滑りこませて定期的に根が伸びるようすを撮影する方法があるが、樹木全体が見られるわけではない。レーダーを使って根の位置を知る方法もあるそうだが、精度を高めるのはこれからのようだ。
 温暖化によって、根の成長・入れ替わりや、呼吸量がどう変化するかも、調べるのが難しい。土に電熱線を埋めたりヒーターで照らしたりして、長期間加熱して調べるのだそうである。実験室で鉢植えの木を温めて調べる方法もある。しかし、野外で生きている樹木は、他の木と競争したり、逆に根を結合したり(異なる樹種でもつながることがあるらしい)、枯れた根の分解や、菌根菌や微生物との関係があるので、野外での実験も欠かせないのである。

 根の世界は「the hidden half(隠された半分)」とも表現される。野外の樹木の根を、生きた状態で継続的に観察するのは容易ではない。全体像をつかむのも難しい。しかし研究者は、あの手この手でそれを探ろうとしている。まだまだこれから新しいことが発見されていく分野なのである。教科書があれば、より多くの人がこのフロンティアの研究を始められる。これまでになかった教科書が現れるというのには、そういう意義がある。
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