森林・環境共生学にについて話したこと
伊那市の自然環境から活用すべきものとは
2016年9月3日(伊那商工会議所将来ビジョンシンポジウム「リニア時代がもたらす伊那市の未来」)
伊那商工会館1階大ホール
 信州大学農学部の三木です。信大への日頃からのご支援ありがとうございます。
リニア新幹線で「恩恵を受ける」地域こそJRに訴える必要がある
 最初に申し上げておきたいことがあります。
 報告の内容とは直接関係ないのですが、ここ1週間くらいの大鹿村の一件などの報道を見ますと、JRの態度にはたいへん強引なものを感じます。リニア新幹線の建設にはいろいろな意見があって、なかには妥協点を見出しにくいものもあるかもしれません。しかしJRには、少なくとも礼を尽くしてほしい。
 伊那にはリニア建設にともなう直接の影響はありませんが、「JRは丁寧に対応しろ」と言う必要があります。伊那の首長や議員にはとくにお願いしたい。今日のテーマにあるように、経済的恩恵を得る可能性はあるわけです。建設地域でいろいろな心配ごとを抱えている人たちを応援しなければ、我々はそういう人々の苦難にただ乗りする者(フリーライダー)になってしまう。建設地域ではない我々こそが、言わねばならないことがあると思う次第です。
リニアで一発逆転ができるわけではない
 さて、今日は「伊那市の自然環境から活用すべきものとは」という課題をいただいています。
 前の画面に三つの市を挙げました。砺波市、宇城市、五所川原市。みなさん、ここに行くとしたら、何をしますか。観光やビジネスで、どういうプランをたてるでしょう。ちょっと意地悪な質問ですけど、この三つは、新設新幹線の中間駅(北陸新幹線富山駅、九州新幹線新八代駅、東北・北海道新幹線新青森駅)から自動車で30~40分の距離にある市です。飯田のリニア駅を利用する人にとっては、伊那も同じ感じになるのだと思います。
 リニア駅に降りる人に来てもらおうとすると、直近の飯田市のほかにも、駒ヶ根市などは計画がたてやすいと思うのです。飯田で降りて、バスでロープウェイまで連れて行き、千畳敷に登って涼しいところを体験してもらう。日帰りツアーが組めるでしょう。しかし伊那で同じようなことをするのは難しい。
 リニアを利用する人は、市町村界を気にしないので、伊那は「飯田の郊外かな」「高遠は駒ヶ根市だと思ってた」という感じになるかもしれません。私のくには滋賀県ですが、東日本の人から何と言われるかというと、「ああ、“琵琶湖のある京都”の隣の県ね」です(笑)。情報発信が必要だといわれる所以ですね。
 リニアの運賃がどれだけになるか分かりませんけど、新幹線よりちょっと高いくらいとすると、東京から伊那まで1時間半~2時間かかって8,000円強でしょうか。高速バスだと3時間すこしで3,000円強ですから、リニア経由で伊那に来る人は、短縮できる1時間半を5,000円で買う人たちです。ということは、そういう人が満足するサービス・自然環境が必要になる。少なくとも、首都圏の他の事業体・地域と競争することになる。
 逆のこともいえます。伊那の人が東京に出やすくなれば、買い物はそちらで、ということもあるかもしれない。それを引き留めるには同様のものを用意する必要がある。
 農山村を調査していると、農家は、子ども世代を楽に日帰りができる圏内に送り出すことが多い感じがします。何かあったときでも、県内や名古屋に子どもが住んでいれば、来てもらうことができる。移動時間が短縮されるということは、もっと遠くに送り出すことができるわけですから、地域の若い人材はより外に出ていくかもしれません。
 また、リニアができたあとの飯田線はどうなるのでしょうね。完全無人駅化したり、第三セクター化したりしないだろうか。大人は自動車に乗れるからいいとしても、高校生の進学の範囲が(通学可能圏が縮小して)狭まらないだろうかと思います。
 そういうわけで、リニアが開通しても、自動的に伊那が「一発逆転」できるわけではない。これが私の考えです。
 しかし、リニア利用者に限らず、伊那に来てもらえるお客さんや移住者が増えることは大切です。そのための地域づくりを、リニア開通までを一つの目標年として、この10年間取り組むことには大いに意義があるでしょう。
スケールの大きな里山景観を保全する
 ところで、伊那バイパスのことを思い浮かべてください。伊那バイパスを通らない人は、松本に行く19号線でもいいです。
 いま思い浮かべた場所、地域の外の人を招きたい場所でしょうか。
 別にバイパスが悪いと言いたいわけじゃないんです。あれは便利です。でも、我々が「便利だ」と思うものが、地域外の人にとっても魅力的かというと、それは別かもしれない。我々の生活のための開発と、魅力を高めるための取り組みとは、同じだとは限らないのです。
 実は、「伊那市の自然環境から活用すべきものとは」という問いには、すでに答えが出ています。伊那市(イーナムービーズ)が作った、移住促進のプロモーションムービーがありますね。Youtubeでも公開されている。みなさんご覧になったと思いますが、あそこに描かれているものが、「活用すべきもの」としてみなさんが心に思うものでしょう。
 この写真は、信州大学農学部の西駒演習林から撮った伊那谷です。広い谷、平地林と段丘林、天竜川と支流、広がる農地に囲まれた市街地。とても雄大です。こういう風景は山頂まで登らないと見えないかというと、そうではない。これは権兵衛トンネルから降りてきて与地のあたりで最初に見える風景ですが、いったん眼下に農地がぐーっと落ち込んで、天竜川をわたってまたせり上がっていく。そして南アルプスがそびえ立つ。本当にいい風景です。逆側から見てもいいですね。手良沢山演習林を抜けたところで、この写真のようにぱっと広がる。蟹沢の家々と水田のむこうに市街地と中央アルプスが見える。
 これが一つの結論だと思います。農林業のある暮らしが歴史を通じて形成してきた、スケールの大きな里山的自然。これを保全し、活用すべきでしょう。リニアが開通すれば、新しい建物を建てたり、別荘地みたいなものが作られるかもしれませんが、その際にも、いまの景観を壊さないようにするのは必須事項です。
 なぜ伊那の自然環境がこうして残っているかというと、地域内の製造業などが雇用をうんで、農林業との両立が可能になっていたという経緯があります。農林業だけだと、難しかったかもしれない。もちろん逆に、製造業に特化しても、こういう自然環境にはならなかった。両方の産業が維持される必要があるのです。
 少し細かい話をしますと、資本(企業活動)は、社会資本(インフラ)と社会関係資本(人のつながり)が健全にあってこそ存在できる。そしてこれらを支えているものが自然資本(環境)です(諸富徹『環境』岩波書店、2003年)。企業活動を続けるためにも、この環境は保全されねばなりません。
アルプスの「本家」から学ぶ内発的発展
 さて、次の写真はどこでしょうか。伊那ではないですね。これはオーストリアの西側、チロル地方のカウナグラートというところの風景です。ここ数年、木曽の長野県林業大学校のみなさんと林業先進国であるオーストリアに研修に行っています。そこで撮ってきました。このカウナグラートにも、川の両岸に農地があり、林業をしている森林があって、小さな村がある。写真の奥に見えるのはアルプスです。二つのアルプス(中央アルプス・南アルプス)をもつ我々からすると、チロルは「本家」です。
 この「本家」から何が学べるか。
 この村は、農業、林業、それから狩猟(ハンティング)が主要産業になっていて、これが観光資源となって農家民泊が盛んにおこなわれています。また、一帯は自然公園になっていて、眺めがよいところにビジターセンターがある。面白いのは、これは農家民泊をやっている地元農家が始めたのです。お金を出したのは行政ですが、農家が、自分たちの観光事業が継続するためにはこの自然が保全されることが必要だと感じて始めている。
 そして、この自然公園のスタッフ、これは自然保護の立場にたつ人たちですが、このスタッフが地域づくりの中心になっている。農業はこういう規模でいきましょうとか、林業と狩猟の軋轢――林業にとっては、シカなんかいないほうがいいものですから――の利害調整とかをしている。彼らが中心になっているので過剰開発されないのです。
 また、観光施設は地元資本で経営されています。経済学者の保母武彦さんの『日本の農山村をどう再生するか』(岩波書店、2013年)という本に、地域の内発的発展の原則が書いてあります。第一に「今ある産業・企業を育て、大きくする」こと。そして、第二に「地元にない産業分野を地元の力でつくりだす」こと。こうすべきだというのです。地元のコントロールが及ぶ範囲で、外部資本を誘致する方法もありますが、保母さんはこれは難しさがあると言っている。オーストリアで、この内発的発展論と同じことを実践していたわけです。
 こうした仕組みがチロル地方にあったので、とても感動しまして、「なぜこのような結論に到達できたのですか」と聞いたのです。そしたら、「別にここが最初の事例じゃないし、地域の発展のことを考えれば、当然の帰結だ」みたいなクールな答えでした。クールすぎて悔しいのですけど、「本家」では当たり前のことになっているらしい。
地域の特徴をいかした連携をはかる
 「本家」の話は、そのまま伊那の課題でもあります。
 農林業とその他の産業の結びつきについてみると、伊那では、農林産物と観光・商品開発との結びつきが、もっと高められる必要があるでしょう。今でもワインを作ったり、ソバや伝統野菜、ジビエの利用など新しい試みがなされていますが、相互のつながりは開拓の余地があると思います。伊那のジビエや野菜を、伊那のワインにあわせて、それを眺めのいい場所で食べさせるとかは、まだ実現していません。食虫文化も特徴的で面白いのですけど、最初のハードルを下げるためには、パテにするとか、加工度を上げる必要があると多います。また、なんでも諏訪から飯田にかけては最後のマツタケ地帯になるかもしれないということなので、伊那はその方面でも可能性はあるでしょう。
 ジビエに関しては、上伊那は狩猟が盛んな地域なので、可能性はあります。ただし、県のガイドラインが定める捕獲後1時間以内に、きちんとした施設で解体することができないので、利用率が低い。これは日本ジビエ振興協議会というところが提案している「移動式解体処理車」で解決可能かもしれません。冷凍車を改造してどこでも衛生的に解体できるものです。わなにかかったシカを、止め刺しする前に処理車を呼んでおけばいいわけです。導入費用は1,400万円程度ということですが、地域で取り組めば、やってできないことはない。
 ビジターセンターという点では、伊那には地域の「顔」となる場所がないことが指摘できると思います。リニア駅からどうやって人を連れてくるのかはわかりませんが、伊那市駅(電車)にしても、伊那インター前(シャトルバス)にしても、そこで伊那の自然環境の特徴が見えるというふうになっていません。
 みなさん、他の地方に観光やビジネスで訪問したときに、「ああ、この地方に来たんだな」と思う瞬間って、いつですか。駅や空港など、ゲートとなるところから降りたときではないですか。長野駅は、うまくやっていますね。伊那にもゲートがあれば、そこで薪やペレットなど(伊那市が推している)木質バイオマスの利用を見せることもできるし、連れて行きたいジオパークの解説をすることもできる。
 地域づくりの中心に、自然保護・保全の視点をもった人を据えるというのは、飯山市がよくやっていると思います。
子どもが移動しやすいまちにする
 地元資本による開発、これは伊那の企業の経済力なら十分できるでしょう。その点で指摘しておきたいのは、モビリティ(移動手段)の確保ということです。なぜなら、どれだけ素晴らしい自然環境があっても、そこに到達できなければ利用できないからです。
 先ほどの「顔」となる場所から、近いところは徒歩、少し離れたところは自転車など、もう少し遠くなれば公共交通機関で移動するというイメージです。リニア利用者は、このいずれかで移動するしかない。レンタカーという手もありますが、このあいだ信大前にレンタカー屋さんができたと思ったらすぐに撤退してしまったことから考えても、難しいでしょう。
 バスやタクシーなどの公共交通機関は、今と同じ形態でなくてもいいと思いますが、10年後、20年後に人口が減っていく中でも維持する必要がある。これはデマンドバスとか、飯綱町で始まったという貨客混載バスといった方法を試みることができるかもしれません。
 自転車は、段丘と扇状地の多い(急な坂道が多い)伊那では使いにくいですね。伊那市創造館でも講演なさった科学ジャーナリスト・松浦晋也さんの『のりもの進化論』(太田出版、2012年)という本に詳しいですが、ドイツには「TWIKE」というアシスト自転車があります。自動車みたいな形ですけど自転車です。日本にはアシストできる速度に規制があるのでこれは乗れないのですが、たとえば特区を申請するとか、これに似たのを伊那で作るとか――伊那の製造業なら簡単でしょう――してみるという手がありそうです。風景を眺められる、ゆっくり走れる街道もほしいですね。
 歩くという点では、伊那はお世辞にもよいところだとはいえません。東京とかのほうが歩きやすいくらいです。この写真は、オーストリアのさして大きくない街の風景です。辻に人が歩いていて、オープンカフェで昼間から飲んでいる。少し乱暴かもしれませんけど、通り町商店街を日常的に歩行者天国にしてしまえばどうでしょう(もちろん業者の自動車は出入りできるようにして)。
 林業の分野では、歩きやすい森づくりという課題がある。ドイツやオーストリアの人たちは、よく森の中に入ります(ヴァンデルング Wanderung:散策・放浪)。この写真でも、夫婦や子どもづれが、歩いたり自転車に乗ったりしていますね。たいして珍しい林ではないのですけど、道があればこうして利用している。ドイツでも、林道で乗馬している人に出くわしたりします。
 「子どもが利用できる」というのはすごく大切なことだと思います。大人はつい、自動車に乗ることを考えますが、子どもは歩くか自転車に乗るしかありません。地域づくりは子どもの視点で取り組むべきです。そうすれば子づれの若い家庭が利用しやすくなるからです。そういえば、オーストリアのフィスというスキー場が有名な村では、「子どもに最大のサービスを」というのがモットーになっていました。
 最近は標高データから「CS立体図」という、地面の起伏がわかりやすい図が作れるようになっているので、歩くコースを考えるときの参考にできそうです。
 伊那には、抜きんでて高い山とか、すごい珍しい自然があるわけではありません。そういうモニュメント的なものがないということは、利用する際には分散的な利用になるということです。したがって、地元の観光会社がリードしてもらう必要がある。大手の業者にも、お客さんを連れてきてもらったらいいと思いますが、そういう観光では伊那の自然環境の見せたいところはカバーできないでしょう。地元業者にがんばってほしいところです。
若者に地域づくりをまかせる
 その他にも、25年後に経済を支える人材で地域づくりを考えよう、ということを指摘しておきたい。
 投資を回収するのに何年を想定するかは、企業によって違うと思いますが、仮に15年とすると、リニア開通までの10年を足して25年です。そういう人なら取り組み方も真剣にならざるをえないでしょう。もちろん、年配の方々にはその後ろ盾になっていただかねばなりません。若い人たちはアイデアはあっても資金がない。これは地域の金融機関のほか、投資する仕組みを作って実行するという手もあるでしょう。滋賀県の東近江市では「東近江三方よし基金」という、市民が出資してコミュニティビジネスを支援する仕組みを作ろうとしています(ソーシャルインパクトボンドという仕組みです。「三方よし」というのは近江商人の商売の特徴をとらえた言葉です)。こういうものが参考になるかもしれません。
 伊那市は新宿区と提携しているので、これも利用したいですね。地域の外の人は、伊那で何をしたいのか、どこが良い・悪いと思うのか、何が美味しいと感じるのか。そういうことは信頼できる人によく聞いたほうがいい。
 それから、伊那市から伊那単位で考えようということも申し上げたい。実はここまで私は、意図的に「伊那市」ではなく「伊那」と言ってきました。市の範囲に限定して考えてしまうと、利用できる資源が限られてしまう。たとえば歩きやすい森である大芝高原(南箕輪村有林)は使えません。少なくとも上伊那全体で取り組もうということです。

 こうしたことは、取り組めば10年間で十分に実現できることです。信州大学も協力いたしますので、10年後までに、より魅力ある伊那にいたしましょう。以上です。
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